先日トンデモない判決が大阪地方裁判所で出ました。
この判決はオーナーにとっても直接ではないにしても、こんなことまで訴えられるのだ
という非常に重要な問題です。
概要を簡単に書きます。
校庭で小学校5年生の男の子がサッカーの練習をしていて、蹴ったボールが門扉を超えて
道路に転がり出ました。
バイクで通りかかったお婆さんが避けようとして転倒し骨折しました。
お婆さんはその後認知症になり、1年4カ月後になくなりました。
死因は誤嚥性肺炎。食べ物が気管に詰まって起こる病気です。(サッカーボールが詰まった
訳ではない)
そうしたら、老人の遺族が少年に過失があると訴えた。
(少年側の保険会社と遺族の間での示談交渉が折り合わなかった)
判決として大阪地裁は、少年の過失を認め、両親に1,500万円の賠償を命じた。
判決理由としては、転倒後の入院などで「生活が一変した」として、骨折と死亡との
因果関係を認めた。
以上概要です。
私はこの判決を聞いて非常に強い違和感を覚えました。
亜米利加の訴訟社会同様、訴える方も訴える方ですが、このような判決を出す
裁判官が存在すること自体に怒りを覚えます。
これがまかり通れば、
「フリーキックが大きく外れた」ということでシューズメーカーも訴えられるでしょう。
まさに「桶屋が儲かったのは風のせいだ!」と同レベルです。
これを賃貸物件に置き換えると、
「病気になったのは騒音で眠れなかったためではオーナーのせいだ。」
「水漏れがおきて仕事に遅れて大きな損害が出たのはオーナーのせいだ。」
「子供の入試に落ちたのは、隣がうるさかったから勉強に集中できなかったからで
オーナーのせいだ。」
等々
いくらでも訴えられる可能性があるということです。
要は何で訴えられるか分からない時代になったという象徴的な事件です。
そのため、アパートオーナーさんは物件に対しての備えは、万全すぎるほど万全に
する必要があります。
結果として、ケチったために後で高く付くということが考えられるからです。
本質は、このような社会にならないようにするのが本質論だと思いますが。
ちなみに、少年側は控訴したようです。上級審でまともな判決が出ることを祈る
ばかりです。
参照:SAPIO 8/17・24