「時間」は、「お金」以上に貴重なものです。
時間というものは、地位・貧富に係わらず、どんな人にも1日24時間平等に与えられています。
いくら地位が高くなろうとも、金持ちになろうとも、1日24時間は一緒なのです。
それだけ、時間の重要性は高いということでもあります。
お金は失っても、又、稼ぐことはできますが、失った時間は、二度と戻ってはきません。
生命あるものは、いつの日か、必ず死にます。
皆、時間は永遠に続くものと錯覚しているのかも知れませんが、人生の残り時間は、着々と減っていっているのです。
残り少なくなっていく貴重な時間を、精一杯有効に使うべきです。
特に、サラリーマンになった後については、早出・残業・休日出社等で、自分の時間がなくなり勝ちですので、余程の自己・時間管理がしっかりしていないと、会社の周りに流され、時間だけが浪費されてしまい勝ちです。
不景気な会社とか、「管理職」の名の下に、時間外勤務手当も出ず、「サービス残業」となることも多いのです。
そもそも、時間外勤務については、労働基準法上、2割5分以上の割増、特に、深夜(22時以降)については、更に、2割5分以上、休日勤務については、更に、3割5分以上の割増が義務付けられています。
よく、労働基準法第36条による勤務時間の延長届出(俗に言う「36協定」)を、更に越えた場合、これを隠す為に、「勤務時間票」に、勤務時間を少な目に書かせたりさせる場合が良く見受けられるようです。
限度一杯になった途端、途中で、ばったりと、記載がなくなったり、あとから、ホワイトインクで消したりしている場合も散見されるようです。
こうなると、36協定違反の上、賃金不払という、二重の法律違反となってしまいます。
更に、本人・上司・会社・組合等の時間管理もできなくなってしまいます。
仮に、「勤務時間票」だけ取り繕っても、「ビル退館簿」、電子メール発信時刻等との間で、整合性が取れなくなってしまい、内部監査、労働基準局のチェック等が入れば、すぐに、わかってしまうことです。
又、「管理職」についても、商法上は、「経営者」=役員(取締役・監査役)か、従業員=管理職・総合職・事務職かだけの違いしかありません。
労働法上、「管理監督の地位にあるものは、この限りにあらず」というフレーズがあり、これによって、時間外勤務料が払われないのでしょうか。
人事・労働法・衛生管理者等のセミナーにおいても、会社側の説明においても、明確な理由を聞いたことがありません。
そもそも労働法上でいう「管理者」とは、時間管理されない重役クラスの御偉いさんを想定しているのです。
部下もおらず、予算・経費管理業務もなく、人・金等の管理業務もなく、残業代をケチるために、名ばかりの管理職にしたような場合は、想定されていないのです。
それにもかかわらず、残業代も出ないのに、時間管理だけしている場合もあります。
名目上は、工数管理だ、健康管理だ、業務バランス管理だなどといっておりますが、実態は、こいつはもっとこき使えそうだから仕事を増やそうとか、残業・休日出勤が少ないから、給料・ボーナスを減らそうとかいった具合に使われているのです。
特に、通常のサラリーマンというものは、成果主義ではなく、勤務時間管理が基本である為、時間を売っているという感じです。
成果だと、営業の様に数字が成績で出るのならいざ知らず、管理協力部門等、何ら数字の出ない世界にあっては、客観的な指標もなく、又、上に判断する知識・能力もなく、労働時間位しかないのでしょうか。
同じ成果であるならば、短時間でやった方が効率は良いのでしょうが、日本の場合は、そういう見方はせず、長時間労働の方が、頑張っており、積極的、意欲的だと判断されます。
会社側がこういった見方をする以上、従業員側も、それなりの対応をした方が得策なのでしょう。
(少なくとも、表面上は。)
「会社」や「上司」等を中心というよりは、「仕事」自体にプライドを持ってあたる以上、勿論、勤務時間中は、勤務に集中するべきと思います。
しかし、勤務時間外においては、別です。
無条件に、会社を個人に優先させる必要はなく、その仕事と、個人の時間との間において、重要度・緊急度から、優先順位を決めるべきと思います。
会社にとっては、大勢いる従業員のうちの一人の、取るに足らない時間かも知れませんが、自分にとっては、残り少ない人生における貴重な時間なのです。
それを、「サービス残業」の名の下に、只働きするのは、非常にもったいないものです。




